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■2003年10月2日 [ BAN‐T第4期生産のお知らせ ] ちこっと時間もできるかも・・・な感じなので、好評をいただいたBAN‐Tの第4期生産を開始したいと思います。(ロケバージョン・秀バージョン共に) ご予約は10月6日までとさせていただきます、前回買い逃した方はぜひ! 手元に届くのは一ヶ月後くらいです。ドゾよろしく。 ■現在メールが使用できないので、ご注文は電話かBBSへお願いいたします。なおクロネコヤマトの代引き(コレクト便)でのお届けです。送料はお客様負担となります。 [価格:2500円・税込み] ■2003年9月29日 [ 校庭の咆哮 ] 私たちは各階の教室を大雑把に見た後、学校の正門から校庭へ出た。正直もう少し細かく各教室を見て回りたかったのだが、のんびり部屋を覗いていると、美学さんから『この辺は他の部屋とそう変わらないので先を急ぎましょう』と急かされるのだった。 実は彼には事前に見たいスポットを聞かれていた。4時間という上陸時間の中で、全て見て回れるようにペース配分してくれているのだろう(後々その事に関して私達は非常に感謝する事になる)。
左から、端島小中学校、65号棟、端島病院。
手前の広い空間は学校の校庭。 体育館から入った私達は校舎各階をまわり、最後に正面玄関から広い校庭に出る。ここで私は休憩をもらって、コンクリートの階段に腰掛けると、持参したモバイルPCでネットに接続。 ウェブノチラシ掲示板にアクセスすると、今日もミカエラさんを中心に盛り上がっている。話題はハロウィンについてか・・・。 最近では管理人さんも本当に板について、とても立派な楽しい受け答え。
私はダイアナ妃に似た気品ある彼女を思い浮かべ 「いつもありがとう・・・」 そう呟かずにいられなかった。 『はうっ!』 なんと湘南から元気倶楽部素敵なリンクにうちのページがリンクされてるじゃないかっ!! 『ななな、なんちゅー!ななななんちゅーこと!!』驚きと喜びのあまり声がうわずっているのが自分でもわかる。 しかし、この気持ちをどう表現してよいものか!人間、至福に達すると 『もう死んでもいい!』 なんて言葉を思わず口にしたりするもんだが、これをネットライフに置き換えると・・・ 『もう閉鎖してもいい!!』といったところか!!(閉鎖すんなよ) 『うおおおおおおおおおおおーー!!』 私は膝の上のPCをほっぽり投げずそっと足元に置き、わめきながら校庭を一気に突っ切り護岸壁によじ登ると、この海の向こうアメリカにいる同志に向かって声の限り叫んだ。 『無垢君!見ているかっ!!見てくれているのかっ!俺もついに素敵なリンク≠ノ載るほどの男になったぜーー!!』 しかもリンク集には肉屋とウェブノチラシ両方がリンクされている! 湘から史上初めて、たった一人で二つもリンクを張ってもらった生意気が女の子の皮をかぶったようなあの女にも一矢報いる事ができる!! 次に角度を変えるとオーストラリアにいるノビーさんに向かって叫ぶ。 『ノビーさん!あの人のことを先天性お調子者とか言ったけどーやっぱちがってたーーー!』 そう、先日静炉厳さんが来てくれたときに 『え?ミートさんのページ?も、もちろん見てますよー!見てるに決まってるじゃないですかーーわははーー!』 と言ってくれていたのは、あながちウソではなかったのだ!(ウソかもしんないけど) 直木賞受賞の知らせを受けた作家の多くがそうするように、腰に手を当て足取りも軽くスキップをしながら、先ほどのPCのある場所へと戻った。 だが上機嫌のあまり、自分が叫んでいた方向は中国大陸だという事に、まったく気が付かない私なのだった。
■2003年9月26日 [ 学 校 2 ] 昨日の続きです。 ■今日は あいちゃ が里帰りしているので、彼女を囲んで佐原の焼肉屋で塩ハラミなんかガツガツ食べたり豚塩カルビをモリモリ食べたり、タン塩をムシャムシャ食べたり豚ミノをコリコリいわせながら食してみたりしてきたいと思います。で、〈生〉をきゅーーっとやります。 8時ごろからの予定です。かわいい あいちゃ と焼肉突っつきたいがっつき野郎は電話ください。 ■2003年9月25日 [ 学 校 ]
私達は鉱区を縦断するかたちで、船でいえば船尾にあたる方向へ向かう。この付近で数少ない屋根の残った建物を抜けると、もう端島小、中学校の体育館に出た。周囲を撮影しながら歩き、2人の姿が見えないので探していると、もうすでに体育館2階への外階段を上りきっていた。この階段の下はミサイルでも被弾したようにボッコリと穴が開いているのではなかったか?私の知る外階段は、痩せたコンクリートでできていて人間の重みでも簡単に崩れそうであった。
もしも崩れた場合、単純に地面に落ちれば死ぬ事は免れそうだが、あのクレーターのような穴に落ちたら・・・間違いなく駄目だろう。 その様子を知っている以上、階段を上る事は気が乗らないのだが、仕方なく2人を追って廃材であふれる階段を上った、いや登ったといったほうが正しい。 広い体育館の中に足を踏み入れた。ここも床が腐り、抜ける可能性がある場所として知られている。この場所を訪れた人(ここまで上がって来る度胸があったとして)も皆、見学だけして戻るようなエリアだ。そこを【・∀・】滅びの美学さんは何事もないように歩いていく。不安になって、聞かずにはいられなかった。 『ねえ、ちょっとヤバくない?危ないんじゃないの?』 彼は振り返り 『かやまさん、この島に安全な場所はどこにも無いんですよ』 と笑い、2階の渡り廊下から校舎の中に消えた。私も後を追ってこの体育館を横切ると撮影を済ませ校舎に入った。 私たちが見た、この三十年間生徒を迎え入れることなく存在し続ける学校の様子を[ s c e n e ] にアップしました。興味のある方はぜひご覧ください。
■2003年9月24日 [ 突 入 ]
Sさんは器用な操作で船首を岩棚に近づける。 まず【・∀・】滅びの美学さんが破綻なく飛び、続いてKenzyが思い切りよく跳躍した。次は私の番だ。無意味に重い荷物(その時になってはじめて気づいた) を抱えなおし階段を上りきると・・ 『ぐご・・・』 『ぐごごごごごごごごごごーーー!!』 すさまじい音をたてて船がバックし始めた。階段の最上段で前方につんのめった。 たった今目の前にいた2人が急に小さくなる。 何で戻るんだっ!! 戻るのには訳があった。船は10メートルほどの距離から出力を下げ、惰性で岸壁に近づく、そして先端があと1メートルほどに近づくと激しくバックスピンをかけるのだ。この僅か1メートルの距離で見切りをつけて戻らないと、岸壁に接触する事になる。些細な接触でも数十トンの重みが尖った船首に集中すればFRPの船体は簡単に壊れるだろう。それを見越しての後退だった。 下がりきると、また大胆な操縦で岩棚へ向けて突進する。 次は穴に飛び込まなくてはならない。荷物をしっかり抱えなおし (それは意外に時間のかかる作業だ) 振り返るともうすでに2人は穴の様子を伺っている。
頃合を見計らって2人とも岩棚から飛び下りると穴の中へ消えていった。彼らの通ったであろうトンネルを見ると飛沫をあげて波が飲み込まれていく。本当に此処を入って行ったのか?びびってはいられない。早く行かなければ!波が引き切る直前に棚から飛び下りた。 『ごきっ』 着地した右足首が妙な音をたてた。『痛ってえ!』 横ざまにすっ転んだ。慌てて起き上がろうとするが荷物がまとわり付いてうまく立てない。急がなけりゃ波が来る!急がなけりゃ・・・・そう思った瞬間、背後から 『どどぅ!』 と嫌な音がして、思いきり全身が前に突き飛ばされた。 海中にのまれた瞬間急に静かになった。ただ、時おりごつごつと頭が岩に当たる音だけが響く。歯がいつもと違う場所にあることを舌先に感じる。『あぁ、折れたんだ』 そう思った。口いっぱいに血の味が広がる。苦しい・・・肺に水が入った、死ぬほど苦しい。僅かに手に触れる岩らしき物を必死に掴もうとするのだが、引き込まれていく力にはまるで無力だ。 ああ、駄目だった、やっぱり無理だったんだ。とても惨めな気持ちで一杯になる。薄れていく意識の中で、青い暗い海に引き込まれていく自分を、不思議と客観的に可哀相だなと同情した・・・なんてことは全然なく、あっけなくトンネルの行き止まりまで登り着いた。上を見るとぽっかり青空が見える。此処から上がれば軍艦島だ。手近な岩の上に荷物を投げると自分もよじ登り、また荷物を放り投げ自分も上がり・・・何度か繰り返すうちに我々はその青空の広がる場所へ行き着いた。 そしてそこに私たちが見た光景は、かつて炭鉱から堀上げた石炭を処理する巨大な施設跡であった。 【・∀・】滅びの美学さんの言葉を借りれば『爆撃を受けた町』そのものだ。 [ s c e n e ] にその風景をアップしたのでご覧ください。
■2003年9月23日 [ 作 戦 ]
美津丸より細身のこの船は、昨日よりだいぶ穏やかになった海面の波を 「ガッガッガッガッ」 と叩き切るように快走した。甲板に出られたために、見る見る近づく軍艦島を目の当りにできるのも昨日とちがう。 【・∀・】滅びの美学さんとKenzyは荷室の蓋に腰掛けて昨日島の周囲を一周したにもかかわらず、上陸ポイントらしき場所を見つけられなかったことを不思議だと話している。その場所は以前私もどこかで見た覚えがあった。突き出した護岸を岩伝いに上ったところに梯子が設えてあり、それを使って内部に侵入するらしかった。 『ゴウンン・・・・』 護岸の岩肌が見えるほどに近づいたところで、急にエンジン出力を下げると、船は惰性で進みたぷんたぷん≠ニ音をたてて横に揺れる。静かだ。
操舵室から下りてきたSさんが、護岸の一部を指差し【・∀・】滅びの美学さんとKenzyに 『あそこの壁に穴が開いているのが見えっとか?』 『ええ、見えます・・・』 私はその後ろで、聞くともなしにその会話をぼんやり聞いていた。見ればたしかに護岸の一部がボッコリ外れたような、亀裂?のような穴があり、波が寄せるたびにどう≠ニ音をたてて海水を吸い込み、またごぼごぼ≠ニ音をたてて吐き出していた。縦横2〜3メートルくらいだろうか、中は崖のように上を向いていて、奥がどうなっているのかはわからない。 『穴の横に岩棚が張り出とーと、船ばそこ付けるけん、飛び下りっと』 『ええ・・・・えッ?!!』 2人が驚く。私にもSさんの言わんとすることがわかってきた。 彼はあの穴に飛び込めというのだ!彼の明かす上陸方法とはこうだった。 正気か? Sさんにはウケそうにも無いので、私はとりあえず黙っていた。 ■2003年9月21日 [
Y港にて ]
Sさんが黙々と作業するその脇で、私達は途方にくれて“どうするよ?”といった目配せをしていた。実際どうしたらいいのかまったく考えがつかない。長崎の日曜午前6時過ぎ、ようやく日が昇った時間。自分たちの町から日本を半分ほど飛んだその町で、目的の軍艦島へ行く事以上に有意義に過ごすすべを知らなかった。 ありがたいことに、ここへ来る数週間前から軍艦島行きが失敗した時の代案として、【・∀・】滅びの美学さんからは“池島”へ行きませんか?というお誘いをいただいていた。池島も大きな炭坑の島だ。 『昼に来てみたらよかと・・・』 え!? 『昼に来てみたらよかと、昼にもう一度潮が上がる、その時にもし波の状態がよければ渡してやらん事もなか・・・・』 『ホントですかっ?!』 ありがたい!一気にテンションが上がる。 『5時たい』 5時・・・これは微妙な時間だ、飛行機の離陸が7時30分、その前にレンタカーを返す手続きがあり、旅行社の返却指定時間は6時まで。 野母崎半島の先端近くまで来てしまっている以上長崎市内まで戻り、さらに空港までの道のりを一時間で走りきれるとはちょっと思えない。 『お、おれ、行きたいんだけど・・・?』 二人から反対の声はなかった。すまん!二人とも、おれどうしても行きたいんだ。 『Sさん頼みます、おれ達を軍艦島へ渡してください!』
昼をわずかにまわったころSさんが車で港に戻ってきた。気が変わっちゃいけない、私たちは身支度を済ませ、出港の準備に取り掛かったSさんに貼りついて待った。 『乗ってよかと』 それを合図に乗船すると出港を待った。やがて『ズゴゴゴゴゴゴ・・・』と巨大な2スト(たぶん)のエンジンが尻の下で唸る。もう大丈夫だ、Sさんは連れて行くとも行かないとも一切何も言わないが、こうして船に乗せたということは波の状態はよいのだろう。行ける!大丈夫だ。 ■2003年9月20日 [ Sさん ]
『行っちまった』 もう船は出港した後だったのだ。間に合わなかった。 【・∀・】滅びの美学さんがSさんの家に電話する。 と・・・ 『家の人の話だと、あと10分ほどで戻ってくるようです、帰ったら折り返し船を出して渡らせてくれるそうです』 『そっかー、じゃ、待つしかねーなぁ』 しかし10分で戻るといったその船は10分経っても20分が経っても戻ってこなかった。岡の上にあった神社に賽銭を投げ、無事渡らしてくれなどと勝手な事をつぶやいて、石段に腰掛けて待つと、一時間も経ったころ一隻の船が見えた。 『あれですね、見覚えがあります』 私にはどう見ても、この港にいる他の船となんら見分けが付かないのだが【・∀・】滅びの美学さんはわかるらしい。 接岸した船に駆け寄り、『おはようございます!!』 卑屈なほど気のいい挨拶をする。ここでなんとしても渡してもらわなければ・・・、今日上陸を済ませ昼過ぎにはこの港を発って空港に向かわなければならないのだ。 Sさんから返事は無かった。黙々と接岸作業を続けている。折り返し船を出してくれるんじゃなかったのか?! 『船出してくださいよ!軍艦島へお願いします!!』 聞いていなかった。なんに使うのかよくわからない竹の棒などを船体にくくり付けたりしている。 『折り返し島へ行ってくれるって電話できいてますよ!お願いしますよ!』 Sさんはぴょんと岸壁に飛びのりロープを引きながら言った。 『今日ーはもう渡れんたい』 『え!?』 『もー潮も引きよっとけん、島へは渡せん』 『だって、さっき電話では渡してくれるって・・・』 『それはさっきのハ・ナ・シ。・・・・もー潮も引ーちょるけんね。無理な話よ。』 『そんな・・・ちょっと待ってくださいよ!俺たち神奈川県から来てんすよ!今日が最終日で夕方には帰んなきゃ、何とかしてくださいよ』 自分でも勝手なこと言ってるなとは思った。でも、まるで素気ない対応のSさんに苛立ちを感じないわけにいかなかった。 『あのな、東京から来よっとがアメリカから来よっとが渡れんもんは渡れんの、今行ったら波かぶってえらいことなっとよ!』 『大丈夫です!波かぶるくらい大丈夫だから!濡れても海へ落ちても文句いいませんよ、たのんます!なんとかして!』 作業を続けながらSさんは笑っていた。 『みーんなそー言ーよっとよ、けど、恐ろしかとよ?あの島ば行きよっと10おったら8人は怖気づく、船から飛びつくカッコのまま固まりよっと!船べり持った手が離せんのよ。あんまり飛ばんよって、こっちが飛べ!ゆーと必ず悪かタイミングで飛びよーとよ・・・・・もー何人も見てきた・・・・』 はじめて作業の手を止め、こっちを向いたSさんは、もううんざりだといった妙な笑顔で私たちにこう言った。 『もーあんたらの大丈夫デス≠ホ信じとらんけん・・・』
・・・まいった、もう駄目かも。 島へ渡れるかもしれない唯一の船を前に、半年間の準備が真っ白になっていく・・・。憤りよりも、むしろ虚脱感で自分の足元が急にふにゃふにゃしたような・・・そんな脱力を感じないわけにいかなかった。 ■2003年9月19日 [ 迷 走 ]
朝4時起床。昨夜Fさんに聞いたところ私らの宿からSさんの船のある港、Y港までは車で10分とのこと。身支度をして宿を出てコンビニで買出しを済ませたのが4:40ころだろうか。Y港にナビをセットして出発、じゅうぶん間に合うだろう。 暗い山道をくねくねと二台の車で走る。10分、20分なかなかY港に到着しない。船は5時の出港だ。時間が無い。あせる。ようやくきれいなマリーナに出たのだがY港ではないらしい。【・∀・】滅びの美学さんがSさんの家へ電話をかけて出港を遅らせてもうらうように頼む。少しは待ってくれるようだがそう長くは引き止められないだろう。 こんな時間だというのに、明けきらない暗い海に面した道を歩いている人が時折みられた。そんな地元の人たちに2度ほどY港への道を確認して再び山道へ、タイヤをきしませながら尋常でない速度で走る。長い直線を走ったところで先を行く【・∀・】滅びの美学さんの車が『きゅっ』と左に折れた。私らの車もそれに続く。 こんな集落の細い道の先にはたして港があるものか・・・?そう思うころ急に視界が開け小奇麗な港に入った。私たちの2台はガランとした駐車場の真ん中でエンジンを止めた。
『Sさんは?どれがSさんの船だ?』 状況はすぐに飲み込めた。この港には人っこ一人いない。エンジンのかかった船も無い。しん≠ニ静まりかえったこのうす暗がりの港にいるのは私たち三人と足元を人懐っこく歩くネコ一匹だった。 ■2003年9月18日 [ 交 渉 ]
撮影を終え17:30発の香焼行き最終に乗り込んで港に帰り、今日の精算を申し出ると、船長の提示した金額は、半年前からのメールでのやり取りで知らされた料金よりはるかに安いものだった。おそらく波の高い日だったのでたいして楽しめなかっただろうと船長が気を使ってくれたのだと思う。 彼とは駐車場で長い間立ち話をした。海の男もやはり陸の男と一緒で車の話になるととても嬉しそうだ。また、NHKドラマDモード『深く潜れ』のロケの話。ドラマの序章でご夫婦が出演したことなど楽しく話してくれた。 『明日は?どないすると?』 話の切れ間に船長が切り出した。ちょっと困り顔で黙っていると 『Fか?Fの船で渡るんか?』 船長にはバレていた。そう、私たちは明日Fさんの船で密航するつもりだった。 『え、いや、まだ、はっきり決めたわけでは・・・』 うつむき、くちごもる。 『ま、よかと。気をつけて行ってくること。』 そう言って別れた。後味の悪い別れだ。少々重い気持ちでそれぞれの車に乗り込み我々はそのFさんの家へ向かった。 Fさんの家に着くと、早速【・∀・】滅びの美学さんがFさんと二言三言言葉を交わした。するとサッと【・∀・】滅びの美学さんの顔が険しくなる。Fさんは用事でもあるのかそのままどこかへ姿を消した。 【・∀・】滅びの美学さんが戻ってきて私たちに言った。 『まずい事になりました、明日船を出す気は無いようです』 またか!今回の企画では上がれる≠ニ上がれない≠ェ気が遠くなるほど繰り返されてきた。『どうする?上がれねーんじゃ他あたるか?』 『いや、ここが最後の最後です他に渡してくれるところはありません』と【・∀・】滅びの美学さん。 そんな話をしていると偶然Fさん宅に身を寄せていたUさん(東京から来ていた)という方が、我々に耳打ちした。『どうやらFさんの小型船で台風直後瀬渡しするのは危ないんで、どこか別の人を紹介するそうですよ』 どうにも釈然としない話だが、しばらくたって戻ってきたFさんはきっぱりと我々に言った。 『あー、明日俺行かないから』 本気か?神奈川くんだりからノコノコ出てきて『行かないから』の一言で全部終わりか?グッと悔しさがこみ上げる。 『じゃあ、どこか他に紹介してくれるんですか?!』 『んー、Sに頼んでみなよ、あそこなら渡すだろ』 【・∀・】滅びの美学さんが言う 『Sさんにはもう頼んで断られたんです、それでFさんにお願いに来たんですよ』 『へーそうかい、じゃあ物は試しでもう一度頼んでみたらどうだ?頼むときにこう言うんだ○○○と一緒にまぎれて上陸させてくださいって。なんならオレの名前を出してもいい。まだ起きてる時間だ、早いとこ電話してみな』 そう言うと意味ありげにニヤッっと笑ってみせた。 その後の【・∀・】滅びの美学さんの行動は早かった、再度渡航交渉を粘り強くしてくれる。席を外しての電話がイヤに長いので、これは期待できるんじゃないか?!という気になってきた。相手が乗せる気が無いのなら『駄目!』これで終わりのはずだ。 あまりに時間がかかっているのでそわそわ気にし始めたころ、携帯で話しながら彼が戻ってきた『はい、はい、わかりました・・・・はい、5時ですね・・・よろしくお願いします・・・』話しながら指でオッケーの合図!! 『乗せてくれるそうです!朝5時発の昼2時引き上げです』 なんてことだ!!6〜7時間は上陸時間に当てられる!Fさんとの約束では上陸時間2時間。時間の短さに少々不満があった、それが7時間にもなればかなり細かな部分も見て回れる。 その夜は昔の遠足前夜の小学生のように9時半にベッドに入ったものの嬉しさと不安とわずかな恐怖でなかなか寝付けない私だった。 ■2003年9月18日 [ 高 島 ] 周遊が終わると美津丸は通常の航路に戻り高島を目指す、本来はこの高島と香焼港を結ぶ定期路線なのだ。我々は高島にも立ち寄って島の見学と軍艦島の撮影場所を探す事になった。 港はきちんと整備されたキレイな場所だった、仕事を終え香焼に帰る人が10人ほど待っている。彼らと入れ違いに桟橋に下りると子供たちがきゃっきゃとはしゃぎながら走り回っていた。岸壁には3、4人の子供をつれたお母さんが地べたに座り港に釣り糸を垂れて、釣れた魚を子供に渡し、子供はそれを包丁で叩いてツミレか何かをこさえていた。ありそうで何処にも無いのどかな風景。
軍艦島のビューポイントを求めて日本一小さな町を歩いた。南端へ行けば見えそうだ。平原の中を通る広い道をとぼとぼと歩いた。 はるか彼方の丘の上に巨大な風車が回っている。
ときおり、『ごう』 と音をたてて風が俺たちを追い越していった。 ■2003年9月16日 [ 時忘れの島へ ] 長崎県西彼杵郡高島町端島。 長崎市内から車で1時間弱。海沿いに点々と続く小さな港から船で20分ほどで行き着く小さな島。この島は炭鉱の島として明治の時代からほんの30年ほど前まで日本のエネルギーの根幹、黒いダイヤ石炭≠掘り出す島として栄えた場所だ。この海上都市へ行った.。その経緯を簡単に書いておきたい。 今回この違法の旅に参加しようという酔狂な人間はガキのころからの親友Kenzy。
ジェットに乗るとファーストクラスに中島誠之助氏(からくさ店主、何でも鑑定団で有名)が乗っていた。目が合ったので会釈すると中島氏も返してきた。目を伏せてから頭を下げる、上品じゃないか!!いい男じゃないか!!この男の切れ上がった目に贋作は通用しない。 いちおう念のため通り過ぎた後振り返り、頭頂部と後頭部を確認した。間違い無い。
長崎の町は熱海に似ていた斜面に家がガンガンある。路面電車の日清チキンラーメン<Jラーが可愛かった。(写真はちがうけど)
空港で受け取ったレンタカーはデミオのナビ付き。何故か札幌ナンバー。ここって長崎なんですけど。 羽田から空路長崎へ、2時間弱で長崎空港に到着。レンタカーに乗り、途中簡単な用事を済ませるために市内へ行く、そこで【・∀・】滅びの美学さんに到着したことを携帯で連絡。彼はすでに西彼杵郡へ到着していた。 最初の目的地である海上タクシー美津丸≠ウんの事務所で合流し簡単な挨拶の後、美津丸の奥さんと話す。奥さんの話では 『こんなに天気は良かとですが、沖は荒れてますけん今日島に近づくのは無理ですたい・・・』 との事。空は青空、風はまったく無く港はもちろん遠く沖を見ても波が立っているようには見えないが、前日までの台風の影響が海にははっきり残っていて、船を定期航路の高島へ出す事は出来ても、その隣の軍艦島はうねりの関係で近づくのは無理というのだ。 しばらくすると船長が高島から帰り、話の輪に入った。驚いた事にこのご夫婦は廃墟マニアと呼ばれる人たちに理解が深く、その世界の事情を良くご存知だった。また、軍艦島を巡る今の情勢や、これまで訪ねてきた様々な人たちの逸話を楽しそうに語ってくれた。 話し込むうちに、関東から来ている私たちを哀れに思ったか、【・∀・】滅びの美学さんの顔が効いたのか (彼はこの船の常連でご夫婦とは仲が良い) 、とつぜん船長が軍艦島周遊クルーズに出てくれると言い出した。 奥さんは 『いかん!、こんな日に連れていったら事故になるよ!』 『まあ、よかと。行って行かれんこともなかたい』 と船長 『いかん!いかん!いかん!船から放り出されっとよ!』 『船室に入っとったらよかと』 そんなやり取りの後、危険だから甲板に出ない事を条件に軍艦島へ向けて出航したのだが、30人乗りのけして小さくない船とはいえ揺れはすさまじく、目指す軍艦島が見える前にかなり酔いが始まっていた。 特に堪えられないのが大きな波に正面からぶつかって上に撥ね上げられる衝撃と、船が横方向へ滑り落ちるような動きをした時の浮遊感だ、胃を直接触られたような気持ち悪さが辛い。 『そろそろ見えてきましたね』 【・∀・】滅びの美学さんがそう言うと確かに右前方に島影が見える、しかし水しぶきがすさまじくよく見えない
やがて周遊に入るためにエンジンが出力を下げ、舵を左に切った。そして目の前に現れた島は・・・ 『マ、マジかー!何だあれはっ!!』 Kenzyと私は思わず叫び声をあげた!
■初めて見るその島は一体どのような姿なのか
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[ s c e n e 4 ]