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[ D i a r y ]

 

Diary

a la mer, de la mer, pour mon cheri

10月5日

手紙

時折、この様に手紙が来ます。

学校を卒業して就職した会社の同僚です。

同僚というか…何期か上の先輩ですが。
女性ばかりが沢山いる職場で、
彼女はその美しさで
目だっていました。

最初に見たときの印象は
「…きれいなひと…」でした。

そのうえ、優しくて、丁寧で、
仕事は完璧な上に、休憩時間になると同期で固まっては
地下の食堂で、たぬきうどんなんて食べている
私たちとは一線を画すように
にっこり笑って、どこかへ行ってしまいました。

新人にとっては一種謎の憧れの存在ではありました。

とてもきれいな英語を話す人でしたが
どういうワケだか、フランス語も堪能で、
フランス語の応対に困るといつも
皆に呼ばれていました。

(後に仲良くなってから、会社の休みの日に何年も
日仏学院に通いつめ、その時には最上級クラスだという事が判明)

しかし、無駄な事を言わない人でしたから
私生活については謎なのです。

難関大学の看板学部を出ている……らしい。
(女性は非常に少ない学部)
某高級住宅地に住んでいるらしい。
スキーは、プロ級らしい。
時折、休暇をとるのは、スイスにスキーに行ってるらしい…。
彼氏はフランス人らしい……。
いや、元オリンピック選手らしい…。
いや、神戸製鋼のラガーマンらしい…。

…らしいばっかり。

当時職場に、そういう事を
当人に聞ける度胸のあるヤツ、

もしくはそういう下らない事を
聞かせない威圧感を感じない馬鹿はいなかった。


そういう人とどうして、友達になったかは
話が長くなるので省きますが、
勤務体系が変わって、課も違うし、
休憩時間も違ったので、はじめは、メモ程度を
ロッカー室のドアに挟むという位でした。

それに、返事を書き、また、返事が来てという
事をしているうちに、なんだからロッカー室に
手紙を置きに会社に行ってるみたいな感じになりました。

彼女のクールで、美しい印象から想像できない
爆笑物の手紙が来ますので。

彼女と私は、考え方から、生き方まで、
正反対というようなタイプですから、
お互い「へーーー!!」と思う事ばかりでした。

「あんたじゃなかったら、あんたみたいな女は
私の天敵だった」とまで、言われました。


似ていたのは、思っていることを
何も、考えずに文章にするのがとても早いという事でした。
ですから、手紙が苦にならなかったのでしょう。

手紙を交換する中で、沢山の事を
話したと思います。

お互い、同時期に退職し、彼女はフランスの企業に就職して
パリに行きました。
その間も、エアメールが飛び交いました。

どの位、飛び交ったかと言うと
郵便配達の人は、エアメールの封筒のアルファベットを読むのが
面倒なのか、番地がまるで違うエアメールまで
うちのポストにたびたび投げ込まれていた位
飛び交っていました。


もともと、性格も考え方も違う上に
退職してからは、生活が全く違いました。

私は専業主婦になり、昔から超筋金入りの「結婚否定派」の
彼女は、キャリアの道まっしぐらです。

幼稚園のお母さん参加行事で
子供を体操マットの上に乗せて、
体育館を走るという競争をさせられて
ヘトヘトで帰ってきた私に電話をしてきて

「急で悪いけど、これから出てこられない?
フランス大使館でパーティーがあるのよ。
ディオールのモデルの友達紹介するわ。
今、パリから来てるのよ。いい男よーー。マダム好みよう」

「……、あんた、誰に物言ってると思ってんの?
フランス大使館?ディオールのモデル?
関係ない。今から化粧しろってか?まっぴら」

「……、それが、マダムのお言葉とは。
そうやって、主婦で、脳味噌腐ってなさいよ。」

「うん、アンタも完全に売れ残ったから
フランス大使館でお仕事頑張ってね。
そのディオールの男、女いると思うけどね。
『家庭に専念するわ』という女と結婚しちゃうかもだけどね。
あははーー」

そんな中でも、つきあいが途切れないという
不思議な関係。


「私達、こんだけ、手紙してたら、年取ったら
いくらも思い出話あるよねーー。
『あんな事書いたよね』
『あんな事、考えてたよね』
『あんな事で凄い、言い合いになったよね』って。
楽しみね」とお互い言い合いました。

物凄い量の手紙の大抵は「ばか話」でしたが
中には、一緒に暮らしていた
おばあちゃんや、喧嘩ばかりしていた両親に
寄せる切ないような愛情があふれている手紙も
あり、折に触れその手紙に書いてあったこと
を思い出したりしました。

ご両親を住ませる為に、東京郊外の自宅を処分して
都内のマンションに住まわせる為の
そのマンション選びに付き合ったときに
その一年前に

「こうやって、山手線の駅から歩ける所に住んでいる私は
暖かい部屋にいて、風呂も入って寝るだけだが、
70近い父は、一日中経理の仕事をして、
延々と電車に揺られて
今、人もいなくなった暗い夜道を
寒さを我慢しながら、一人で家に歩いている頃だろう。
早く楽させてやりたいと思う」
と書いてあったのを思い出して、
「本当に、良かったなぁ」と思いました。

あの時私は、
「…切ない気持ちでこの手紙書いたんだろうな…」と
思った事も思い出しました。


そして、今、これほど、メールが普及しても
彼女はこのように、手紙をくれます。

昔どおりに、イラストあり、書き直しあり、
手書きの地図があり、のメールでは出来ない
気持ちの伝え方です。


「マダム、…サガン、死んだんだね。
あの頃、あたし達さぁ…。
あの本についての、感想で凄い言い合いしたよねーー。
今、思うと、どっちでもいい事だったよね。
二人が言ってること、どっちもアタリだったんだよね。
あんた、モーパッサン大嫌いで、メタクソに言ったよねーー。
『こんなクソ本読んでる、あんたはクソ女だ』とか言ったよねー。」


私達が20代の若い頃、
「年取ったら、こういう手紙書いてたことが思い出に
なるかもね」と言っていたのが
本当になる年に二人ともなりました。

そして、それは、本当になりました。

懐かしい思い出です。
今、私達は、懐かしい思い出を
大笑いしながら楽しんでいます。




 

 

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